【コロッケ】コロちゃん倒産
【コロッケ】コロちゃん倒産
コロッケのコロちゃんって知ってます?1個50円というリーズナブルさと、たしかまるでクレープ屋さんでクレープを買うような、おやつ感覚で気軽に買えるコロッケ屋さんなんですけど、事実上の倒産みたいです。コロちゃんのコロッケが好きだった人にとってはショックなニュースですよね。
私も知らなかったのですが、コロッケのコロちゃん、いつのまにか海外にまで出店してたんですね。しかも700店舗まで拡大していた時期があったとか。一時はマスコミでも年中取り上げられて相当なブランディング効果を上げていたコロちゃん、まさかとは思いましたが倒産ですか・・・。事業の拡大を急ぎすぎたんですかねぇ・・・。
前日も麻布建物が負債総額5648億円という大規模な金額の倒産が報じられたばかり。
世の中景気が上向いて来たとは言うものの、格差社会は確実に企業レベルでもあるんですね。残念なニュースでした。
■【コロッケ】コロちゃん会社概要
社名 コロちゃん株式会社
設立 2000年5月
代表者 小竹 守
事業内容 「コロちゃんのコロッケ屋」のフランチャイズ事業及び店舗経営
資本金 4億9千万円
主要取引銀行 十六銀行 三菱東京UFJ銀行
社員数 正社員 80名
パート・アルバイト 800名
本社 〒509-7201
岐阜県恵那市大井町2711-142
TEL(0573)25-5951 FAX(0573)25-7994
E-mail/ena@corochan.co.jp
通販事業部 http://www.rakuten.co.jp/corochan
加盟団体 社団法人 日本フランチャイズチェーン協会(準会員)
■コロちゃん株式会社沿革
1996年9月 (株)東海総合企画のFC事業としてアンテナショップを岐阜県恵那市にオープン
1997年2月 フランチャイズ1号店を岐阜県真正町にオープン
1998年11月 ニュース「プラス1」(NNN系)の報道により店舗展開を拡大
1999年3月 東京都八王子市に関東事業部設立
1999年8月 100店舗突破
2000年5月 新会社 コロちゃん株式会社設立
2000年9月 全国に営業所を展開
2001年7月 NNN系全国ネット「スーパーテレビ」にて密着取材
2002年7月 アフリカ駐在事務所をケニアに開設
2002年12月 シンガポール1号店オープン
2003年4月 「MCPCアワード」で「モバイルオフィス賞」受賞
2003年9月 第三回アフリカ開発会議(TICADⅢ)に招待される
2004年1月 イギリス1号店をロンドンでオープン
2004年3月 アフリカ1号店をケニアでオープン
2005年5月 アフリカ会議開催
2005年9月 コロちゃんのコロッケ屋 恵那店10周年
2005年12月 TX系「ガイアの夜明け」にてアフリカ視察密着取材
■【コロッケ】コロちゃん倒産関連記事
●<コロッケ>「コロちゃん」倒産 名古屋地裁に自己破産申請コロッケ小売りチェーンの「コロちゃん」(岐阜県恵那市、従業員32人)が13日、名古屋地裁に自己破産を申請したことが分かった。「コロちゃんのコロッケ屋!」を全国展開し、低価格と積極的な広告宣伝で知られたが、外食産業の競争激化で売上高が伸び悩び、資金繰りにめどが立たなくなった。民間信用調査会社によると、負債総額は約25億円とみられる。
地元信用組合を脱サラした小竹守・同社社長が90年に東海総合企画(同市)を設立し、96年にコロッケ販売を開始。00年にフランチャイズ展開を始める際に「コロちゃん」を設立し、事業を移管した。
1個50円の「コロちゃんコロッケ」を主力商品としたチェーン店を全国展開し、02年には直営とフランチャイズ店で計700店を出店。英国、ケニアなど海外にも進出し、03年3月期の売上高は約37億5300万円を計上した。また、約2坪のブース型店舗や、携帯電話のインターネット通信を駆使した販売管理システムなど独自の経営手法が注目を集めた。
しかし、その後、コンビニエンスストアなどとの競争激化や個人消費の低迷、フランチャイズ店の脱退などの影響で売り上げは伸び悩んだ。03年以降、ハンバーガー、パン、カレーなど新業態の店舗を出店したが、主力のコロッケ部門の不振を補えず、07年3月期の売上高は約27億円に減少。出店費用や広告宣伝費のための借入金が膨らんでいた。
(毎日新聞より引用)
●揚げたてコロッケの「コロちゃん」自己破産 負債総額25億円
客の目の前でコロッケを揚げるコロッケ販売店を全国展開している「コロちゃん」(小竹守社長、岐阜県恵那市)が資金繰りに苦しみ、名古屋地裁に自己破産を申請していたことが14日、分かった。帝国データバンクによると負債総額は約25億円。
コロちゃんは前身の「東海総合企画」が平成8年9月に岐阜県恵那市に1号店を開店。客の前でコロッケを揚げる方式が受け、マスコミに取り上げられるなど事業を拡大。直営店に加え、「わずか2坪」「開店資金280万円」でのフランチャイズ加盟店も増加させ、海外にも出店していた。15年3月期には約37億円を売り上げたが、競争激化や不採算店の閉鎖などで業績が悪化。19年3月期には約27億円となっていた。
(産経新聞より引用)
